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2018年2月22日 (木)

詩客「「自由詩時評」4

詩客のサイトに4回目の「自由詩時評」が掲載されています。カズオ・イシグロの長編小説『忘れられた巨人』とノーベル文学賞、鮎川信夫など、最近気になっていることを書きました。

これで時評は終わり。なかなか大変でしたが、よい修行になりました。長く書いていても、文章はむずかしいです。伝わるかどうか、つまらないのではないか、などと思い悩み、一字一句が気になります。

3か月の間に読んだ本、思いだしたこと、考えたことなど、すべて入れようと思っているので、全体にまとまりがなくなってしまったように思います。

それは詩を書くときも同じで、一編にすべてを込めようとするため、肩にちからが入ってしまいます。

ただ、詩に限らず、文学について語りたいと思っていました。いま書かれているものや過去の優れた文学作品について、いま、現在の個人的な考えを書きとめておきたかったのです。

お時間のある方はお立ち寄りください。

2018年2月 8日 (木)

荻野アンナ『カシス川』

出版社のOさんのお薦めで、荻野アンナさんの『カシス川』を読んだ。大腸癌を患った娘と高齢の母の闘病記を小説に仕立てたもの。

タイトルの「カシス川」というのはランボーの詩のタイトルだそう。作者訳の詩の冒頭を引用する。

誰も知らない カシス川

異形の谷間を 流転する。

かあかあカラス百羽 正真

正銘の 天使の声。

カシス(クロスグリ)といえば濃紫色の果実だが、脳のCT画像、血管の流れの色だそうだ。

7つの連作小説になっていて、最初の「海藻録」から引きこまれた。

「私」は公園で素通しの額縁をもって歩いている男に出会い、自分の病と死んだ母のことを話す。

抗がん剤治療中であり、日記風に日付を追って自覚症状やレントゲン検査、手術から退院までのこと、入院の必須アイテムなどもおしえてくれる。荻野さんのサービス精神が全開だ。

男は翌週、額縁に「私」の癒やしのイメージを入れて持ってくる。液晶画面に画像が流れる。この本のエピローグである。

7つの小説は「私」と母の病と老い、娘と母の戦いを描いている。患者でありながら一人では何もできない、わがままな母を介護するタフさにまず圧倒される。「私」は自身と一緒に母も隣室に入院させる手はずを整える。実行力は半端ではない。

おそらく大腸癌患者の人びとに勇気を与え、この病気について広く知ってもらえるという点で、本書は価値あるものだと思う。

ただ内容柄、エッセイに近く、それが難であるかもしれない。画家である強烈キャラの母、その辛口発言など、十分におもしろいし、読者に多くのものを与えてくれる。

欲をいえば、小説としての虚構をもっと盛りこんでもよかったのではないかと思った。

2018年1月19日 (金)

『君の名は。』

昨年大ヒットしたアニメーション映画『君の名は。』を見た。期待していたほどのものではなかった。年をとったからかもしれないけれど、感性は若いつもり。なぜ多くの若いひとたちのように心揺さぶられなかったのか。

男女の身体が入れ替わるというのは1982年に大林宣彦監督が『転校生』でやっているし、死者がよみがえるストーリーは2003年、塩田明彦監督の『黄泉がえり』をはじめとして、多くの映画で扱われている。だから新味がないと思った。

また、主人公の三葉と瀧の魅力があまり伝わってこなかった。そのため二人が惹かれあうことに説得力を感じなかった。前作の『言の葉の庭』は15歳の少年「たかお」の真っ直ぐさが何よりも魅力的だった。

それからリアリティー。リアルなのは風景描写だけで、設定に無理がある。アニメーションということを考慮しても辻褄合わせが過ぎるように思う。特にラストで明かされる二人の最初の出会い。これはなくてもよいのではないか。

伏線をすべて回収するという作り方になっていて、全体がきゅうくつな感じ。観客はジェットコースター的な展開についていくのが精一杯で、おそらく考える暇がないだろう。

宮崎駿さんの映画は何度も見ているが、新海誠さんの作品をもう一度見たいとは思わない。

宮崎駿にあって新海誠にないもの。それはたぶん「間」というもの。日常のさりげない時間の描写したシーン、ではないだろうか。

2018年1月15日 (月)

カズオ・イシグロ『忘れられた巨人』

カズオ・イシグロの『忘れられた巨人』(土屋政雄訳・ハヤカワepi文庫)を読んだ。2015年、十年ぶりに発表された長編小説。

ファンタジー小説のようでもあるが、心躍るような冒険や魔法は出てこない。『アーサー王伝説』を下敷きにして、アーサー王亡きあとのブリテン島を舞台に人びとの記憶や愛を描いている。

かつてはいがみあったブリトン人とサクソン人だが、雌竜の息によって記憶が消され、共存している。アクセルとベアトリスの老夫婦は村人たちの記憶が数分で消え、自分たちの記憶も薄れつつあることに気づく。

二人は遠くに住む息子を訪ねる旅に出る。

むかし優れた戦士だったアクセルと善良そのもののベアトリス。二人は途中で狂女や勇敢な戦士、傷を負った少年、老いた騎士、船頭などに出会う。

カズオ・イシグロの小説はどちらかというと冗長だけれど、その慎重さ、ていねいさがファンにはたまらない魅力だ。

読み終わって、歯がゆいものを感じたのだが、昨年Eテレで放送された『白熱文学教室』を見て、ようやく彼の意図することがわかった。

イシグロの作品はつねに記憶がテーマだ。この小説では個人の記憶と歴史的な記憶が軸になっている。「巨人」は竜のことではなく、大きな記憶のことなのだ。

第二次世界大戦後のフランスがモデルの一つになっている。時の大統領ドゴールはフランス人の多くがナチスドイツに協力した暗い記憶を「わたしたちはみな勇敢なレジスタンスだった」と信じさせることによって国をまとめた。ルワンダや旧ユーゴなど、忘れた方がよい記憶もある、と彼は言う。

イシグロは現在に目を向けつつ、普遍的な物語を書こうとしてきた。一作ごとに舞台と設定を変え、今を生きるわたしたちに課題を提出しつづけている。その試みは十分ノーベル文学賞に値するものであるだろう。

2017年12月20日 (水)

『エクス・マキナ』を観る

2015年公開のSFスリラー映画『エクス・マキナ』を観た。監督はアレックス・ガーランド。予想していなかったが、人工知能の現在を問うものになっていて、大変おもしろかった。最後まで緊張感が持続する映像に圧倒される。

人間とAIの駆け引きを描く。IT企業の社員ケイレブ(ドーナル・グリーソン)は社長ネイサン(オスカー・アイザック)の別荘に招かれる。そこは自然のなかに建つ研究施設だった。

ケイレブはネイサンが製作した女性型ロボット、エヴァ(アリシア・ヴィカンダー)の完成度をテストすることになる。

清楚な美少女の姿をした、賢いエヴァに惹かれていくケイレブ。

エヴァは人間の気持ちを読みとり、進化を続け、人間を超える。

ケイレブとエヴァが施設を脱出するのだろうと思っていたら、まったく違った。

見終わってからも人間とAIについて考えずにはいられない、何重にも仕組まれているように思える映画である。

少し前に観たSFロマンス(?)映画『パッセンジャー』(モルテン・ティルドゥム監督、主演はクリス・プラット&ジェニファー・ローレンス)が色あせてみえる。

別荘にはスェーデンのホテルが使われたそうで、閉鎖的でスタイリッシュな空間がこの映画の魅力の一つだと思う。

半分スケルトンのエヴァが服をまとって人間の女性らしくなっていくのも見物だ。

人間はAIと共存できるのだろうか。不安になってきました。

2017年12月14日 (木)

ヨハン・テオリン『黄昏に眠る秋』

詩人の岩城誠一郎さんのお薦めでヨハン・テオリンの推理小説『黄昏に眠る秋』(三角和代訳・ハヤカワ文庫)を読んだ。

すばらしい小説である。推理小説としてだけではなく、純文学作品としても優れた一冊だと思う。

テオリンは1963年にスウェーデン、ヨーテボリ生まれ。ジャーナリストとして活動するかたわら、2007年に本書でデビューし、スウェーデン推理作家アカデミー賞優秀新人賞と英国推理作家協会優秀新人賞を受賞した。

スウェーデンのエーランド島が舞台。人口は少なく、荒涼とした風景が広がる静かな島だ。

主人公ユリアはその島の出身で、今はヨーテボリで介護士をする四十代の女性。何十年も前に行方不明になった息子のものと思われるサンダルが、施設で暮らす高齢の父イェルロフから届く。

ユリアは疎遠になっている父に会いにいき、一緒に息子の行方を追うことになる。

二人の距離が少しずつ縮まり、事件の真相が明らかになっていく。心理描写の巧みさ、展開の妙に驚かされる。

推理小説はほとんど読まないが、一時期ジョン・ル・カレに夢中になった。ル・カレはイギリスの出身のスパイ小説の巨匠。村上春樹さんの小説に出てきて、その名を知った。ベルリンの壁が崩壊する前の西欧を舞台に活躍する諜報部員を描いた『寒い国から帰ってきたスパイ』はとてもよかった。

この小説は庶民が登場人物で、高齢の父が推理し、過去をさぐっていくというもので、派手さがないが、過去にあった事件を織りこんでスリリングなストーリーを展開する。

ユリアが赤いフォードを走らせて島へ向かうシーン、島の人々の生活などがクールな文章で描かれていて、一気に読んだ。

二作目の『冬の灯台が語るとき』も購入した。年末の愉しみにしたい。

2017年12月 3日 (日)

「現代詩年鑑2018」

先月末に「現代詩年鑑2018」(思潮社)が発行された。2017年に発行された詩集や詩誌、発表された詩を一望することができる。

冒頭の「展望」鼎談は吉田文憲さん、川口晴美さん、山田亮太さん。

「展望」というテーマでわたしも「この世界を確認するために」と題して、中堅の女性詩人の詩集13冊について書いている。

河津聖恵さんの『夏の花』(思潮社)、徳弘康代さんの『音をあたためる』(思潮社)、中神英子さんの『夢に見し木の名前を知らず』(栗売社)、井坂洋子さんの『七月のひと房』(栗売社)、川田絢音さんの『白夜』(書士子午線)、、岩阪恵子さんの『その路地をぬけて』(思潮社)、松尾真由美さんの『花章―ディヴェルティメント』(思潮社)、陶原 葵さんの『帰、去来』(思潮社)、北川朱実さんの『夜明けをぜんぶ知っているよ』(思潮社)、林美脉子さんの『タエ・恩寵の道行』(書士山田)、水出みどりさんの『夜更けわたしはわたしのなかを降りていく』(思潮社)、中堂けいこさんの『ニューシーズンズ』(思潮社)、多和田葉子さんの『シュタイネ』(青土社)。

すでに評が出ているものばかりなので、改めて書くことのむずかしさを感じた。

「展望」の執筆者は季村敏夫さん、野沢啓さん、新延拳さん、杉本徹さん、神山睦美さん、八木幹夫さん、石田瑞穂さん、時里二郎さん、藤原亜紀子さん、田島健一さん、野口あや子さん。それぞれの論考と鼎談を読み、自分の解釈がさほどずれていないことを確認して、ほっとした。

詩集を読むには体力が要る。それについて書くには何度も読むことが必要になる。

初めは苦手だと思っていた詩集も、くりかえし読むうちに愛着を覚えるようになっていった。この体験は収穫だった。

今年はいつもの何倍も時間をかけて詩集を読んだ。詩人が全身全霊をこめて生みだした作品はどれもみんな尊いものだと思う。

ひとつわかったのは文章を書いているときは詩を書くことができないということ。そういうひとも多いのではないかと思うが、わたしも表現したいという欲望が満たされれば詩でも評でも、どちらでもよいのだ。

というわけで、興味のある方はぜひ「現代詩年鑑2018」を手にとってみてください。表紙の写真と色合い、レイアウト、とてもすてきです。

2017年11月23日 (木)

『メッセージ』を観る 

『ブレードランナー 2049』で話題の監督ドゥニ・ヴィルヌーヴの映画『メッセージ』(2016)を観た。地球上に12の宇宙船が降りたち、世界中が不安と混乱に陥る。宇宙船は巨大なアーモンドを立てたような形で、数メートル宙に浮いている。

12のうちの一つは北海道ということになっているけれど、北海道は出てこない。映画の舞台はモンタナ。エイリアンの言語を解読するよう軍から依頼された言語学者のルイーズ(エイミー・アダムス)が主人公。

18時間ごとに宇宙船の扉が開かれ、そのときにヘプタポッド(七本足)と呼ばれているエイリアンが現れる。高度な頭脳を持っている彼らはタコに似ていて、表義文字(セマグラム)を使う。

ルイーズは自分の名をボードに書き、単語を次々におしえていく。エイリアンが墨を吐くと壁に丸が描かれ、途中の変化が意味をあらわすようになる。

エイリアンは何が目的で地球に着陸したのか。その答えを聞く前に宇宙船は飛び立ってしまう。

途中まで画面は暗く、ルイーズが娘と思われる少女と遊ぶシーン、眠る少女にルイーズが「戻ってきて」と呼びかけるシーンなどが断片的に挿入されていて、時間の流れがわかりにくくなっている。

エイリアンと交信することで、時系列の時間意識が消えたということなのだろうか。

娘の名はHannahで、前からでも後ろからでも同じだが、この映画も回文の構造になっているという見方もあるらしい。

監督とスタッフがつくりあげた宇宙船やエイリアンの言語などには一見の価値がある。

テッド・チャンのSF短編小説『あなたの人生の物語』が基になっているという。ぜひ読みたいと思う。

2017年11月22日 (水)

「詩を書こう、詩を読もう。」詩集リスト

11月18日に所沢図書館本館で第18回図書館まつりが開かれ、松本邦吉さんと「詩を書こう、詩を読もう。」というイベントの講師を務めた。

6回目になる今年は「声」がモチーフ、あるいは自由なタイトルの詩。そのなかに朝の支度をリアルに描いた作品があった。

松本さんが「一日の行動を詩にすることは詩を書く練習になります」とおっしゃった。

わたしの場合はまずリビングのシャッターを開け、朝食の用意をする。

朝食はとてもよい詩のモチーフである。昼食や夕食の準備ではだめ。朝食は「breakfast」。儀式だからおもしろいのだ。たいていのひとは決まったものを食べるのではないかと思う。

応募作品は十編。高校生の作品も複数あり、少しずつレベルが上がってきたような気がする。

当日配布された冊子にお薦めの詩集を載せてもらった。くりかえし読んだ詩人の詩集、詩を書きはじめたひとに読んでもらいたい詩集は次の通り(所沢図書館所蔵に限定)。

  相沢正一郎『プロスペローの庭』(書肆山田)

  鮎川信夫 『鮎川信夫詩集』(現代詩文庫・思潮社)

  井坂洋子 『嵐の前』(思潮社)

  川田絢音 『白夜』(書肆子午線)

  小池昌代 『永遠に来ないバス』(思潮社) 

  辻 征夫 『萌えいづる若葉に対峙して』(思潮社)

  福間健二 『秋の理由』(思潮社)

  パウル・ツェラン 『パウル・ツェラン詩集』(小沢書店)

  松本邦吉 『灰と緑』 (書肆山田) 

  山本楡美子 『草に坐る』(土曜美術社出版販売)

井坂さんの『GIGI』や福間さんの『急にたどりついてしまう』、山本さんの『うたつぐみ』を挙げたかったが、図書館にはない。

パウル・ツェランの「夜のフーガ」は外国の詩に興味がないひとにもぜひ読んでほしいと思う。

2017年11月14日 (火)

「個人の記憶と集合的な記憶」

「詩客」のサイトに3回めの時評がアップされた。タイトルは「個人の記憶と集合的な記憶」。

福原伸一さんと池田善昭さんの対話集『福岡伸一、西田哲学を読む』(明石書店)を読んでいたら、福岡さんによるプロローグに興味深いことが書かれていた。

そこから始まり、今年度の詩集のなかで最も感銘を受けた岩成達也さんの『風の痕跡』(書肆山田)の感想を書いた。

「個人の記憶」をモチーフにした詩編が読者を強く惹きつける。カトリック神学や絵画の豊富な知識、深い知性が思索の森へと分けいっていくような詩集である。

一方、本年の話題作である河津聖恵さんの『夏の花』(思潮社)は集合的な記憶がモチーフになっている。

詩人は多くのひとが犠牲になった福島、広島、沖縄を訪ね、その地の花を歌う。力作であることは確かなのだが、集合的な体験を伝えることの困難を感じた。

というようなことを書いていますので、興味のある方は読んでください。

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