無料ブログはココログ

2018年5月29日 (火)

「現代詩手帖」新人作品

思潮社の「現代詩手帖」新人欄を松下育男さんと一緒に担当することになり、一回目の6月号が発行された。

700篇ほど投稿されてくるなかから、入選5作品、選外佳作10篇を選ぶ。宝探しのようなもので、なかなか楽しい仕事である。

よい詩を逃すはずはないと思っていたのだが、松下さんと重なる作品がなく、読みが足りなかったのかと自信が揺らいだ。

興味のある方はぜひのぞいてみてください。

次号の投稿作品がとどき、原稿を書いているところ。月刊だから半月はかかりきりになる。残りの半月で別の原稿を書くことになり、どう考えても時間が足りないけれど、そのうち慣れるだろうと思っている。

ところで今年に入り現代詩人会から指名されて、現代詩人賞の選考をした。選考委員は6人+詩人会の理事さん。二月に候補詩集を挙げ、三月に本選だった。会員の投票による10冊と選考委員の推薦3冊が候補になって、そのなかから議論と投票で一冊が決まる。

なぜか揉めた。選考委員が一番に推す詩集がバラバラで投票でも決まらず、それぞれが次候補に挙げた詩集のなかから選ぶということになったのだ。

最終的に選ばれたのが清水茂さんの『一面の静寂』(舷燈社)。知性と教養が下敷きになった優れた詩集で、異存はなかった。

けれどもその後わたしの選と発言を批判するひとがいて、驚いた。ゆゆしきことだと思った。このひととは二度と会わないと心に誓った。

2018年5月26日 (土)

すごいかもしれない『アイデンティティー』

ジェームズ・マンゴールド監督の『アイデンティティー』(2003年)を見た。評価が高いスリラー映画である。傑作と駄作、紙一重という評もあるらしい。(以下ネタバレか?)

舞台はアメリカの田舎にあるモーテル。大雨のため道路は通行止めになり、電話も通じない。そこに訳ありの男女が次々にやってきて、殺人事件が起こる。主人公はジョン・キューザック演じる元刑事。

何だかチープである。モーテルの全景や殺害の仕方、屍体の様子など、スリラーというのに怖さが感じられない。予算がなかったのかと思った。

なぜか屍体は短い間に消えてしまうし、いちばん怪しい人物は犯人ではなさそうだ。

ここで冒頭シーンを思い浮かべる。翌日死刑になる予定の殺人犯が尋問されるというもの。車椅子にくくりつけられた殺人犯を医師が擁護する。どういうことか。最後にどんでん返しがある。

「解離性同一性障害」。殺人犯は複数の人格の持ち主なのである。医師は凶暴な人格が消えたと主張して死刑を免れるのだが、医師の見立てはまちがいだった。

モーテルに集まった人びとの誕生日が同じであること、犯行の手口が稚拙なこと。伏線は最後に回収される。

もしかしたらすごい映画かもしれない。多重人格者がどういうものか少しわかった。

2018年5月12日 (土)

島本理生『ナラタージュ』

島本理生さんの名前は知っていたが、初めて小説を読んだ。

何度も放りだしそうになった。少女小説のようである。ベストセラーということだけれど、ほんとうだろうか。

20歳の大学生、泉の恋愛を描いたもの。高校時代の先生と同年の恋人のあいだで揺れうごく。主人公の両親のドイツ赴任とか先生の妻が放火の罪で服役中、後輩が自殺など、詰めこみすぎではないか。

1983年生まれの「早熟の天才」作家、島本さんが2008年に発表した740枚の恋愛小説だというのだが、どうでもいい部分が多すぎる。服装やドイツ旅行のシーンなど無理に長く書いた感じだ。村上春樹さんも登場人物の服や音楽について細かく書いているけれど、彼の小説には何かしら得るものがある。

文章に新味はないし、二人の男性も魅力的とはいえない。携帯時代の恋愛はこんなに薄っぺらいのか。

自分よりも若い作家が書いたものは読まないというひとがいるが、そういう読書の基準もいいかもしれない。

映画化されたそうだけれど、見ることはないだろう。でも先生は松本潤ではなく、長谷川博己がぴったりだと思ったのだった。

2018年4月17日 (火)

エッセイ「詩を書こう、詩を読もう」

所沢市立図書館の広報誌「いずみ」に「詩を書こう、詩を読もう」というエッセイを書いた。

「詩を書こう、詩を読もう」は毎年図書館で行っているイベントのタイトルでもあり、そこで来場者に向けて話してきたことをまとめたもの。

まず、現代詩というものを理解してほしいと思ったのだが、これには時間がかかりそうだ。

このイベントを始めて7年目になるが、初めの頃は自作をコピーした詩集を地元で売ったと自慢するひとや詩人としての収入を質問してくるひとがいた。

詩というのは教科書で読んだことのある「歌」のようなものだと思っているひとも多い。もちろん「歌」も詩の一ジャンルであるけれど、「歌詞」とはちがう。

応募作品を読むと、現代詩というものにまったく興味を持っていないことがわかる。イベント当日に配布する冊子に優れた詩を紹介しているのだが、読んでくれているひとはいるのだろうかと思う。

せめて図書館にある講師の詩集くらいは読んでほしい。

などと思いつつ、詩人になるにはどうすればよいか、短いエッセイが掲載されていますので、興味のある方はお立ち寄りください。

2018年4月 8日 (日)

坂口恭平『現実宿り』

坂口恭平さんの『現実宿り』(現代詩文庫)河出書房新社)を読んだ。熊本出身の作者が2015年の熊本地震から半年後に書き下ろした長編小説。

冒頭では主人公は「砂」だが、章ごとに変わる。拉致された若い男、鳥の目、馬など。前半はどのように展開していくのか興味を持って読んだのだが、後半になると自動筆記のような文章になっていく。

人間が見た夢の記録はわたしたちの歴史だった。わたしたちは彼の中にいた。わたしたちは図書館にいた。わたしたちは書いていた。彼は書いていた。わたしたちは起きていた。彼は夢を見ていた。わたしたちは遊んでいた。・・・

このように比較的みじかい文章が続く。ほとんどが過去形で書かれている。拉致された男である「わたし」にパンをくれる女や主人公を「兄貴」と呼ぶモンゴル人など、重要なキャラクターだと思ったが、途中で消えてしまう。推理小説で伏線が回収されずに終わるような、もやもやとした気分が残った。

作者は躁うつ病であることを公表していて、うつ状態のときに一日5時間のペースで執筆して書き終えたが、熊本地震が起こったので推敲をやめたのだという。

地震の前に書かれた作品であるが、災害後を描いているようだ。坂口さんの荒涼とした意識の世界が被災後の風景と重なったのだと思う。

多くのものが壊れて砂になった世界。図書館があるが、ことばはない、など矛盾した世界だと思うけれど、旧約聖書を読んでいるような不思議な読書体験をすることができた。

2018年3月29日 (木)

坂口恭平『徘徊タクシー』

倉田比羽子さんから坂口恭平という作家をおしえてもらい、『徘徊タクシー』(新潮文庫)を読んでみた。

1978年熊本県生まれ、建築家・小説家・音楽家だという。文章は荒削りな感じだが、強いパワーがある。

まず、主人公が坂口恭平であることに驚く。25歳で、実験的な仕事をする設計事務所に勤めている。全国から希望者がやってくる有名な事務所で、給料は三万円。実体験が下敷きになっていると読むことができる。

祖父危篤の知らせを聞いて、熊本にある実家を訪ねたところから物語は始まる。型破りだった祖父の葬式は大騒ぎのうちに終わり、主人公は徘徊癖のある曾祖母トキヲを公園に連れていく。地面を指して「ヤマグチ」と言いはる曾祖母を見て、徘徊老人を乗せるタクシーの仕事を思いつく。

すぐに実行に移すが、うまくはいかない。けれども手応えをつかむ。

呆けた老人にとって、今生きている現実はたった一つの在り方なだけであって他の世界が存在する。「このような見えない空間を、人々の眼前にあぶり出すような建築家になろう」と考えるのだ。

建築家としてやりたいことを語るために小説という様式を借りているのだと思う。他に「蠅」と「避難所」、二つの短編がおさめられていて、どちらも主人公は坂口恭平だが、ティストがまったく違う。

長編小説『現実宿り』(河出書房新社)を読みはじめた。すごい作家になるのではないかと思った。

2018年3月15日 (木)

ブレードランナー 2049

ドゥニ・ヴィルヌーヴ監督の『ブレードランナー2049』を観た。リドリー・スコット監督の前作から25年を経て作られた映画だが、スリリングなシーン、近未来の映像のリアルさなど、緊張感あふれる160分を楽しむことができた。

ストーリーはかなり複雑だ。主人公は違法レプリカント(人造人間)を処分する任務に就く捜査官のK(ライアン・ゴズリング)。脱走したレプリカント、サッパーの家を訪れたときから巨大な陰謀に巻きこまれる。

サッパーは「そんなつまらない仕事をしているのは奇跡を見たことがないからだ」と言うのだが、その「奇跡」をめぐって物語は展開する。

Kはサッパーの庭に埋められたケースを見つける。入っていたのはレプリカントの女性レイチェルの骨だった。レイチェルは30年前、捜査官だったデッカード(ハリソン・フォード)との子を出産したときに命を落とした。子どもの行方はわからない。

Kは自分がその子ではないかと思い、真相を探ろうとする。レプリカントであるKには他人の幼少時の記憶が刷りこまれているのだが、シリアル(製造)番号など合致する部分があるのだ。

ネタバレになるので、その後は書かないが、ラストで伏線がすべて回収される。さらに続編が作られることになるだろう。

2018年3月 8日 (木)

殺人事件

わたしの住んでいる町で変死体が見つかってから1か月が経った。道幅いっぱいに張られていたブルーシートも外された。

商店街もない静かな町である。当日、たまたま事件現場になった家の横を通った。買いものに行く道の途中にあるのだ。

パトカーが数台停まっていて、物々しい様子だった。夜のニュースで母親が溺死、同居していないが介護に訪れた次男が刺されて死亡と知った。

その時点では容疑者は捕まっていなかった。推理小説とか犯罪小説の類はほとんど読まないのだが、犯行の動機や逃亡先など、あれこれ想像してしまった。

電車に乗って逃げるとすれば監視カメラに映るから、やはり徒歩で現場から離れたのではないか。30分も歩けば丘陵地帯だ。返り血も浴びただろうが、コートで隠すことができただろう。気が動転しているはずだから、挙動不審な行動を取ったにちがいない・・・。

けれども二人の容疑者は駅の監視カメラに映っていて、数日後に逮捕されたと報じられた。

先日、被害者のキャッシュカードでお金を引き出したと新聞(日経)に書いてあったが、知りたいのは動機である。

二人は身体の不自由な高齢女性の世話をしていたという。複数の人間がその家に出入りしていたそうだが、宗教が絡んでいたのだろうか。

他紙には事件の詳細が掲載されたのか。朝の情報番組では取りあげられていないようだ。気になってしかたがない。早く全貌を知りたいと思う毎日である。

2018年2月28日 (水)

「雨期」70号

「雨期」70号ができあがりました。全81ページ、銀色の表紙です。

記念アンケートは「至福のとき」。執筆者のほか、いつも小誌に感想をくださる詩人の方に答えていただきました。阿部日奈子さん、北川朱実さん、瀬崎祐さん、竹野滴さん、ぱくきょんみさん、松本邦吉さん、水島英己さん、水野るり子さん、村野美優さん、和田まさ子さん、渡辺めぐみさん。

詩は古内美也子、原口哲也、唐作桂子、谷合吉重、青木津奈江、君野隆久、山岸光人、須永紀子。

論考は二つ。北野英昭の「吉本隆明ノート」、須永の「詩の未来を考える」3。

短編通信では須永がヨハン・テオリンの『黄昏に眠る秋』、カズオ・イシグロの『忘れられた巨人』、荻野アンナ『カシス川』と若竹千佐子『おらおらでひとりいぐも』について書いています。

2018年2月22日 (木)

詩客「「自由詩時評」4

詩客のサイトに4回目の「自由詩時評」が掲載されています。カズオ・イシグロの長編小説『忘れられた巨人』とノーベル文学賞、鮎川信夫など、最近気になっていることを書きました。

これで時評は終わり。なかなか大変でしたが、よい修行になりました。長く書いていても、文章はむずかしいです。伝わるかどうか、つまらないのではないか、などと思い悩み、一字一句が気になります。

3か月の間に読んだ本、思いだしたこと、考えたことなど、すべて入れようと思っているので、全体にまとまりがなくなってしまったように思います。

それは詩を書くときも同じで、一編にすべてを込めようとするため、肩にちからが入ってしまいます。

ただ、詩に限らず、文学について語りたいと思っていました。いま書かれているものや過去の優れた文学作品について、いま、現在の個人的な考えを書きとめておきたかったのです。

お時間のある方はお立ち寄りください。

«荻野アンナ『カシス川』