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2017年9月28日 (木)

ボブ・ディランのことば

所沢市立図書館の広報紙「復刊いずみ」に「ボブ・ディランのことば」というエッセイを書いた。

昨年ノーベル文学賞を受賞したディランが今年6月に記念講演を行い、世界中が安堵したことと思う。

その間、わたしもディランについて書かれたものを読んだり、CDを聞いたりした。「風に吹かれて」を聞いたのは小学生の頃だが、世界中にディランの影響を受けたアーティストがいて、彼らの音楽を呼吸してきたのだとわかった。

ジョン・レノンやジミ・ヘンドリックスアニマルズ、エリック・クラプトン等々、日本では吉田拓郎や奥田民生。

影響を受けた詩人も多い。ジョン・アッシュベリー(きっと)やアレン・ギンズバーグなど。日本では福間健二さん。まだまだたくさんいると思う。

マーチン・スコセッシが監督したドキュメンタリー映画『NO DIRECTION HOME』も購入した。

60代半ばのディランのインタビューとデビュー時からの映像をつないで、「時代の精神」を歌うアーティストの軌跡を見せてくれる。

どんなブーイングを浴びても「ユダ」と罵られても、先へ進むことをやめずに挑戦を続けたディラン。

小さな冊子にスコセッシ監督のインタビューが載っているが、「(現代の若者に)今、世の中で起きているあまりにもたくさんのことによって自分自身を吸い取られるなといいたいね」ということばに大きな共感を覚えた。

2017年9月21日 (木)

森茉莉さんのシジミ

シジミを見ると、紫の湯気を思う。何十年も前に読んだ森茉莉さんのエッセイにシジミのことが書かれていたのだ。

シジミを煮るとき、薄紫色の湯気がふわっと上がってきて、それは美しいものだという。母の購読していた婦人雑誌に連載される森茉莉さんのエッセイを毎月楽しみにしていた。見開きの片頁は有名なカメラマンが撮った写真。それ以来シジミを煮るときはつきっきりで鍋のなかを見るようになった。

当時、森茉莉さんは下北沢にお住まいで、高校生だったわたしはその辺りをうろついたりした。

手許に本がないので、先日、森茉莉さんの文庫本を購入した。『贅沢貧乏』(講談社文芸文庫)と『贅沢サヴァラン』(ちくま文庫)。シジミの一編をさがしてめくってみたが、どこにもない。

森茉莉さん(1903-1986)は森鴎外の長女。食を中心に書かれたエッセイはユーモラスでとても魅力的である。ゆっくり読もうとしても美味しそうな文字、牛酪(バタ)とか肉汁(スウプ)などが目に入ってきて、困ってしまう。

料理をしていて、わたしが美しいと思うのは煮えた里芋の色。柔らかいグレーだ。グレーのままにしておきたいけれど、醤油を入れなくてはならない。

また、ぬか漬けのキュウリの漬かり過ぎたもの。沼のような緑色に見とれる。火の通り過ぎたピーマンも同じような色になる。

薄紫もグレーも沼の緑色もどちらかといえば和の色だろうか。色が変化して素材がいちばん美しく見える瞬間に立ち会うのも料理の楽しみである。

2017年9月 2日 (土)

「雨期」69号

「雨期」69号ができました。ぎりぎり8月中に発行することができて、ほっとしています。

詩作品は古内美也子、原口哲也、唐作桂子、谷合吉重、青木津奈江、君野隆久、須永。

アンケートは「あなたが名画座の支配人だったら、どんな映画を上映しますか?」というちょっとひねったテーマ。北野英昭、原口、谷合、君野、須永がエッセイを書いています。

須永の「短編通信」44では村上春樹の『騎士団長殺し』、イアン・マキューアンの『アムステルダム』と『愛の続き』、古井由吉の『ゆらぐ玉の緒』を取りあげています。

「詩の未来を考える」は都合により次号に掲載となります。待っていてくださった方、申し訳ありません。

表紙は赤。熟した実のような秋の色です。

2017年8月30日 (水)

ジャコメッティ展

国立新美術館でひらかれている『ジャコメッティ展』に行った。2006年に葉山にある神奈川県立近代美術館で見て以来、もう一度見たいと思っていた。

スペースにふさわしい大きなブロンズの彫刻が展示された大回顧展である。

初期にはキュビスムの影響を受けて、デフォルメされた女体など滑らかな表面の作品が多い。「女=スプーン」というタイトルのものもあり、何だか単純に過ぎるのではないかと思った。

それが「見えるものを見えるとおりに」作るようになると、女性の身体は肉が削がれて細くなる。対象との距離をあらわしているのだという。

ゴツゴツした表面、その質感に惹かれる。

人物のデッサンも多いのだが、顔のパーツの上に何本もの線を引いているので、顔が真っ黒に見える。

葉山の展覧会では人物の油絵が多数あった。全体がほとんどグレー、顔も塗りつぶされていた。村上春樹さんの『騎士団長殺し』を思い浮かべた。

主人公の「私」は肖像画家で、本人に似ているように描くのではないのに、依頼者が絶えない。村上さんはジャコメッティの絵をイメージしたのではないかと思ったのだが、どうだろう。

ストイックな芸術家である。ジャコメッティのように詩を書いていければよいと思う。

展覧会は9月4日まで。

2017年8月20日 (日)

「詩客」時評2  反戦詩について

「詩客」の時評に「反戦詩について 主体性のありか」という文章を書いた。

2014年に宮尾節子さんが出された詩集『明日戦争がはじまる』(思潮社)の表題作を読んだのは2015年のことだが、危険な詩だと思った。

短い感想を送り、翌年お会いしたときもその話をしたのだけれど、うまく伝えることができなかった。

今年になって瀬尾育生さんの『戦争詩論』(五柳書院)、矢野静明さんの『日本モダニズムの未帰還状態』(書肆山田)、吉本隆明さんの「四季派の本質」などを読み、考えが少しまとまったので、「時評」というには古い話題ではあるが、書いてみた。

もう書きたいことを書いておかなければならない年齢になったと思っている。批判や孤立を怖れていては何もできない。

宮尾さんの詩の他、栗原貞子さんの「生ましめんかな」のこと、「詩に何ができるか」ということなども書いている。

興味のある方はぜひのぞいてみてください。どんな反応が来ても真摯に受けとめようと思っています。

2017年7月31日 (月)

遠藤利克『聖性の考古学』

埼玉近代美術館でひらかれている遠藤利克展『聖性の考古学』http://www.pref.spec.ed.jp/momas/?page_id=359へ。サイトで紹介されているタイトルと作品を見て閃めくものがあって、出かけた。

できれば海へ行きたかったが、叶わないので、何か大きいものを見たいと思ったのだ。

木の彫刻である。木は焼かれて炭化し、黒くなっている。「空洞説―沈む舟」は広いスペースに斜めにおかれた木彫りの大きなもの。どっしりとした質感がある。

巨大な柱を横切りにしたような「空洞説(ドラム状の)-2013」には表面のところどころに釘が打たれている。釘のほとんどは曲げられていて、見る側が恐怖を感じることはない。

12の作品に詳細な説明はなく、作者がどのようなひとなのかもわからない。それが清々しくてよかった。

惹かれたのは「水路」と名づけられた作品。映画『スターウォーズ』で主役たちが紛れ込んだゴミ置き場のシーン。壁が両側から押してきて潰されそうになるのだけれど、その壁のような形状だ。

小さい頃にこういう場所で遊んだ記憶があるような、懐かしい形。

遠藤利克さんは1950年岐阜県生まれ。宮大工の家に生まれ、少年時代に仏師の元で一刀彫りを身につけたそうである。

舟や桶、棺などをモチーフにした作品は身体にダイレクトに働きかけてくる。触ってみたい、そのなかに入りたいと強く思った。

作品に火をつけたり、水を流したりというインスタレーション(?)も行っているという。

遠藤利克さんは8月26日から所沢でひらかれる「引込線2017」http://hikikomisen.com/にも参加されるらしいので、ぜひ見に行こうと思う。

2017年7月19日 (水)

『インターステラー』を観た

クリストファー・ノーラン監督のSF映画『インターステラー』を観た。2014年制作。本格的な宇宙物で、見応えがある。

舞台は近未来のアメリカ。植物が枯れ、異常気象で人類は滅亡の危機にある。主役の元宇宙飛行士クーパーを演じるのはマシュー・マコノヒー。昔はポール・ニューマンに似ていたけれど、ずいぶんやせて、誰だかわからなかった。

クーパーと10歳の娘のマーフは重力波を使ったサインらしきものを読みとり、秘密施設にたどりつく。

そこは閉鎖になったはずのNASAだった。クーパーは恩師であるブランドン教授に再会し、別の銀河に人類の新天地を求めるプロジェクト「ラザロ計画」の協力を求められる。

すでに計画は始められていて、戻ってきていない宇宙飛行士もいるが、子どもの未来のために、クーパーは任務を引き受ける。

いつ帰還できるかはわからない。惑星の1時間が地球の数年に相当したりするのだ。

ブランドン教授の娘アメリアにアン・ハサウェイ、氷河の星からねつ造データを送ってきたマン博士がマット・ディモンという豪華キャスト。

異空間にまぎれこんだクーパーの裏側がなぜか自分の家になっている。どうなっているのかよくわからないけれど、時間のねじれによるらしい。

そこで書棚の本を落としたり時計の針を動かしたりして娘のマーフにサインを送る。マーフは賢い娘で、それが何かを意味するとわかっている。成長したマーフはNASAで働きはじめる。

ワームホールや時間のねじれ、重力波、バイナリ通信、興味深い現象がたくさん出てくる。一度観ただけでは理解できないけれど、ブランドン教授が口にするディラン・トマスの詩「穏やかな夜に身を任せるな」や月面着陸の事実(?)がなかったことにされている教科書など細部も楽しむことができる。

本気で作られたハードなSF映画です。

2017年6月30日 (金)

ボブ・ディラン『NO DIRECTION HOME』

画家の矢野静明さんにおしえてもらって、ボブ・ディランのDVDを見た。2005年に制作されたドキュメンタリー(2枚組)。監督はマーチン・スコセッシ。

映像とインタビューで構成されている。当時66歳のディランは生真面目な表情で、ことばを選びながら話し、青く深い目が俳優のようだ。

ミネソタで過ごした少年時代の回想から始まり、50年代末にニューヨーク、グリニッジビレッジへ。フォークシンガーたちと出会い、カフェや路上で演奏し、自分の音楽を作りあげていく。

アメリカでは60年代に公民権運動が起こり、「風に吹かれて」はそれについての「プロテスト・ソング」と言われた。ディランはそのように呼ばれることを嫌った。人びとの連帯や行動をもとめる歌ではない。けれども運動に関わる人びとはディランを利用しようとし、彼は拒否する。

一貫してディランは自身の内奥を探り、自分に語りかけるように歌ってきた。「時代の精神を歌う」曲を作ることがすべてだった。そしてフォークからロックへの転向。ツアーの日々、殊にヨーロッパではファンのブーイングはひどいもので、苛立つディランの表情が生々しい。

ジョーン・バエズも登場する。バエズの美声は2005年の時点でも若いときと変わっていないし、彫りの深い顔立ちはそのままだが、全体的にごつい感じになっているような気がした。反戦歌手として歌い、デモに参加してきたと語っているが、あまりうまく年を取ることができなかったのではないかと思う。

一方、アルバム『フリーホイ-リン』のジャケットで恋人として一緒に写っていたスージー・ロトロは現在アーティストで、とても魅力的にみえる。

カントリー音楽からフォーク、さらにロックへ。青年ディランが伝説のアーティストになるまでを追った映像。レアな音源や映像が使われ、ボブ・ディランの魅力を堪能することができる。

2017年6月16日 (金)

ボブ・ディランの日々

遅ればせながらボブ・ディランを聴いている。「風に吹かれて」がヒットしたとき、わたしはまだ子どもだった。歌っていたのはピーター・ポール&マリー。

メッセージ性の強いフォークソングは苦手だった。小学生の頃はトランジスタラジオで英米のポップスばかり聴いていた。その後シンガーソングライターの時代が来て、高校時代の女神はキャロル・キングだった。

この10年はクラシック、最近はバッハの『マタイ受難曲』を朝から晩まで聴いていたが、ここに来てボブ・ディラン漬けになっている。

先日、ノーベル文学賞の受賞講演が発表された。それについて短い文章を書こうと思い、唯一持っているベスト盤をくりかえしかけている。

気になっているのが「Forever Young」。沖縄の三線のような音が入っている。何の楽器だろうと、この曲は特に集中して聴いてしまう。

ディランの影響を受けたミュージシャンは多い。パティ・スミスやブルース・スプリングスティーンが有名だけれど、ポール・サイモンやジョン・レノンもそうだと思う。日本では桑田佳祐、奥田民生など。詩人では福間健二さん。

人間の内面に分け入っていく複雑な歌詞、息の長い歌い方。

「はげしい雨が降る」が聴きたくて、『フリーホイ-リン』を買った。授賞式のときに名代で歌ったパティ・スミスが歌詞をまちがえ中断するシーンを見た。何かとても温かいものが流れた時間だったと思う。

締め切りまで二週間。書けるだろうか。

2017年5月28日 (日)

アドルフ・ヴェルフリ展

東京ステーションギャラリーで『アドルフ・ヴェルフリ 二萬五千頁の王国』(2017年4月29日-6月18日)が開催されている。http://www.ejrcf.or.jp/gallery/exhibition/201704_adolfwolfli.html

画家の矢野静明さんのお薦めで、倉田比羽子さんと一緒に行ってきた。ヴェルフリは「アウトサイダー・アート」の芸術家、巨匠である。「アウトサイダー・アート」とは正規の美術教育を受けていないひとが制作した作品のこと。

「アール・ブリュット」として提唱された当初は精神障害者や受刑者の作品を対象としたそうだ。

ヴェルフリの絵はすべて新聞用紙に鉛筆、色鉛筆で描かれている。余白がなく、絵と文字と音符で埋め尽くされている。

アドルフ・ヴェルフリ(1864-1930)はスイス・ベルン近郊の貧しい家に生まれ、悲惨な少年時代を過ごした。統合失調症のため31歳で精神病院に収容されて、四年後に創作に目覚め、66歳で死去するまで描きつづけた。

一日に鉛筆1本を使いきったという。どの絵にも自分の顔、鳥、飾り罫(?)などが描き込まれている。

複数の図案を組み合わせることによって、一枚の絵を作りあげていて、宗教画のようにも見える。

殊に白い鳥が好きだったらしく、デフォルメされたものが至るところに配されている。

空想の世界を自伝のように描いた『揺りかごから墓場まで』、理想の王国を築く方法を描く『地理と代数の書』、音楽への愛があふれる『歌と舞曲の書』。

ヴェルフリは25,000頁の絵を遺した。

育った家や働いた農場、病院の映像が流され、自らのレクイエムとして作った「葬送行進曲」も聞くこともできる。

帰宅して、美術館のチラシにあるヴェルフリの自画像や鳥をまねして描いてみた。何だか楽しくなってきた。

子どものころ、好きなものや得意なものばかりを飽きずに描いていたことを思いだした。

がっしりした体躯と意志的な顔をもった画家は永遠の子どもだったのだろう。

子どもの部分を手つかずのまま心の一隅に宿しているのが芸術家なのだと思う。文学者もまた。

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