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2014年6月 3日 (火)

詩とは何か17 永塚幸司

先日、『たまたま』という同人誌に山岸光人さんが書かれた永塚幸司さんについてのエッセイを読み、久しぶりに彼の詩集をひらいた。

1955年埼玉県生まれ、1987年に『梁塵』(紫陽社)でH氏賞を受賞し、1994年に自死した詩人である。

わたしが編集する詩誌に2号から参加してくれた縁で、何度か会ったことがある。生きるのは大変だろうと思わずにはいられないようなひとだった。今もうまく説明できないのだが、会話の運びかたに相手をつまずかせるような何かがあった。

けれども人嫌いなわけではなく、コミュニケイトしたい気持ちは人一倍強かったと思う。その代わりにとても筆まめで、週に一、二度分厚い封筒がとどいた。自分の才能を自負する一方、人間としては自信がないというようなことが書かれていた。

確かに天才だったと思う。推敲なしで一気に書くと聞いた。卓抜な喩と展開の妙。同世代のわたしたちが青春の思い出を抒情詩に仕立てることに四苦八苦しているときに、彼はずっと遠い地点にたどりついていた。

R・シュトラウス「薔薇のリボン」/エリザベート・シュワルコップの狂わしい転調/そのときダッと塵が放られた/空に浮かぶ坑道のような/そのくらい目のしぶきを/問おうとして/わたしは正午の出勤に遅れた」            (「梁塵」部分

生きているなかで体験した屈辱的なシーンに折り合いをつけるために書かれたのかもしれない。それは他者と共有できるようなものではなく、個人的な体験であり生理であったと思う。また、音楽と花、菓子を偏愛していたようで、詩のなかにたくさん登場する。

一年目の結婚記念日に遺書として一篇の詩を遺し、農薬を飲んで永塚さんは逝った。翌年だったか、偲ぶ会がひらかれ、たくさんの詩人が彼の夭逝を惜しんだ。

異様ともいえる人生の幕引きに一流の詩人としての矜恃を見ないではいられない。そのことを痛ましく哀しく思う。

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コメント

はじめまして。
わたしは、永塚くんとは、高校のクラスメートでした。その後、大学、就職してからも、頻繁に会っておりました。
 結婚された、女性のことも、いろいろと聞いておりました。

 永塚君の性格については、おなじように感じておりました。懐かしく思い出します。手紙も、100通以上は、貰ったと思います。

 永塚君が、亡くなる、数年前に、私の、転居、転職など、つづき、疎遠になりました。 
 数年前に、永塚君の死を知り、愕然としました。その前後のこと、ご存知の範囲で、教えていただけないでしょうか。

コメントをありがとうございます。
お返事おそくなりました。
むかしのことで交友もなかったに等しく、お伝えできるようなことはないです。
お力になれず申し訳なく思います。

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